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大阪地方裁判所 平成3年(ワ)561号 判決

原告

前川武雄

ほか一名

被告

天見隆之

主文

一  被告は、原告前川武雄に対し、金一二六六万五〇一一円及びこれに対する昭和六二年八月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告前川ますみに対し、金二六万五八八四円及びこれに対する昭和六二年八月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、これを四分し、その一を被告の負担とし、その余を原告らの負担とする。

五  この判決は、原告ら勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告は、原告前川武雄に対し、金四五二八万四〇三七円及びこれに対する昭和六二年八月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告前川ますみに対し、一〇三万三八二五円及びこれに対する昭和六二年八月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、追突事故で受傷したとする被追突車両の運転者及び同乗者から、追突車両の運転者兼所有者に対し民法七〇九条、自賠法三条に基づき損害賠償請求した事案である。

一  争いのない事実など(証拠及び弁論の全趣旨により明らかに認められる事実を含む。)

1  事故の発生

(1) 発生日時 昭和六二年八月三日午後八時ころ

(2) 発生場所 大阪市北区天神橋六丁目四番一九号先市道大阪環状線路上

(3) 加害車両 被告運転の普通乗用自動車(泉五九さ八五四〇、以下「被告車」という。)

(4) 被害者 普通乗用自動車(なにわ三三ろ三七二九、以下「原告車」という。)運転中の原告前川武雄(以下「原告武雄」という。)、同乗中の原告前川ますみ(以下「原告ますみ」という。)

(5) 事故態様 被告が右前方の車線に注意を奪われ、前方に停止している原告車に気づかず、追突し、原告車の後部が損壊したもの

2  責任原因

本件事故は、被告の過失により発生したものであり、被告車は被告が所有し自己のために運行の用に供していたものであるから、被告は、民法七〇九条、自賠法三条により原告らの本件事故による損害について賠償責任を負う。

3  原告武雄の被害者請求における後遺障害の認定(甲三五、乙一〇の1)

原告武雄は平成元年八月一一日に被害者請求したところ、平成二年三月、第一一級七号(脊椎の変形)、第一二級五号(骨盤骨の変形)、併合一〇級と認定された。

4  原告武雄の損害の填補(乙一 一の3、6、弁論の全趣旨)

(1) 自賠責保険から原告武雄に対し、四三四万円が支払われた。

(2) 被告(農協共済からの支払分も含む。)から原告車の修理費として五〇万九〇〇〇円、代車費用として二〇万円が支払われた。

二  争点

1  原告武雄の受傷程度、相当治療期間

(1) 原告武雄

原告武雄は、本件事故により、頸椎椎間板ヘルニア、頸椎捻挫、腰椎捻挫の傷害を負い、医誠会病院等で昭和六二年八月三日から平成元年三月六日まで入通院治療を要し、四一四日間の休業を余儀無くされた。

(2) 被告

本件事故による原告車の衝撃は軽微で、受傷の可能性は少なく、原告武雄の腰痛は事故前に存した障害である。

仮に受傷していても、治療期間は長期に過ぎ、休業期間も原告武雄が昭和六三年九月二三日から平成元年一月一〇日まで代車を使用していたことから四一四日間もの休業は疑問である。

2  原告武雄の後遺障害の存否

(1) 原告武雄

原告武雄には、被害者請求で認定されたとおり併合一〇級の後遺障害が残存した。後遺障害による逸失利益は、労働能力は二七パーセント喪失したものとして算定されるべきである。

(2) 自賠責保険で併合一〇級と認定されたことは認めるが、原告武雄の腰痛は本件事故によるものではない。

仮に、後遺障害が残存していても、腸骨の変形は労働能力に影響がなく、また、腰椎椎間板ヘルニアと本件事故と因果関係があつたとしても、前記衝撃の程度から、本件事故による影響はわずかで原告武雄の体質によるものとして、後遺障害による逸失利益算定にあたつては八割以上の減額がされるべきである。

3  原告ますみの受傷程度、相当治療期間

(1) 原告ますみ

原告ますみは、本件事故により頸椎捻挫、腰椎捻挫の傷害を負い、医誠会病院で昭和六二年八月三日から同年一〇月一九日まで通院治療を要し、七八日間の休業を余儀無くされた。

(2) 被告

原告ますみの受傷は疑問である。仮に受傷したとしても、事故後一〇日程度で治癒しているもので、休業の必要性は認められない。

4  原告武雄の損害額(とくに、以下の点。なお、被告の主張は、主位的には受傷を否認するもので、以下は予備的主張である。)

(1) 休業損害算定にあたつての休業期間について、原告武雄は本件事故の翌日から昭和六三年九月二〇日まで四一四日間休業を余儀無くされたと主張するのに対し、被告は、治療期間が長すぎるし、昭和六三年九月二三日以降の代車使用に照らし、それ以前も使用が推認され、この点からも原告武雄の休業期間は長期に過ぎると争う。

(2) 後遺障害算定にあたつての労働能力喪失率について、原告武雄は二七パーセントと主張するのに対し、被告は骨盤骨の変形は労働能力に影響がないので右の喪失率は争う。

5  原告ますみの損害額

第三争点に対する判断

一  原告武雄の受傷程度、相当治療期間

1  証拠(甲三ないし六、一二ないし一五、二二、二三、二六の1ないし8、乙一ないし五、六の1ないし10、原告武雄本人、被告本人)によれば、以下の事実が認められる。

(1) 本件事故は、被告が被告車を運転して、本件事故現場付近の交差点で信号待ち停止後、発進して間もなく左前方を進行する原告車に追従して、時速約一五ないし二〇キロメートルで進行中、原告車が割り込みにあつて急停止したのをその後方一・五メートルに至つて発見し、急制動の措置を講じたが間に合わず、被告車の左前角付近が原告車右後角に追突したというものである。原告車は追突後〇・六メートル押し出されて停止した。

本件事故により、原告車には右後バンパー擦過痕、右尾灯破損の損傷が、被告車には左前フエンダー・左前バンパー凹損、左前車幅灯破損の損傷が残つた。

(2) 原告武雄は、追突の衝撃で、首をガクンと後へ振り、座席で腰も打つたが、痛みはなかつた。

(3) 原告武雄は、本件事故当日である昭和六二年八月三日、事故後三時間経過して腰のだるさ、右肩のシビレが出たとして、医誠会病院で受診し、頸椎捻挫、腰椎捻挫で二週間の安静加療を要する見込みと診断された。

同月六日には腰痛、両下肢外側しびれ、右肩から右腕にかけてのしびれを訴え、これらの症状に対し薬物及び理学療法がなされたが、頭痛、右上肢のしびれ感が持続し、昭和六三年一月三〇日まで通院(実通院日数一二一日)した。

(4) 原告武雄は、医誠会病院に通院する傍ら、北野病院でも昭和六二年八月二五日に受診し、頭部外傷Ⅰ型、頸性頭痛、頸部神経痛、頸椎捻挫と診断され、その後同年一一月五日頸椎椎間板ヘルニアと診断され、昭和六三年一月三一日まで通院し(実日数二二日)、同年二月一日には入院し、同月一〇日第五・第六頸椎椎間板の前方固定術(椎間板ヘルニア摘出術、腸骨切除、骨移植術)を施行し、同年三月一四日まで四三日間入院した。

北野病院のベツドが足りないとのことで退院し、その後飯原病院に同月二六日から同年六月二〇日まで入院したが、北野病院にも同年三月一五日から平成元年三月六日まで月一、二回の頻度で通院(実日数一二日)した。

(5) 昭和六二年一〇月二八日に北野病院の依頼で甲南病院でされたMRI検査で、第五・第六頸椎椎間板の後部への突出が認められ、脊髄及び胞膜嚢圧迫が軽度に見られ、第五・第六頸椎椎間板ヘルニアと診断された。

同年一二月二一日の同じ検査で、右に加え第六・第七頸椎椎間板の後方への突出、第五・第六頸椎椎間板の脊髄圧迫が認められた。

昭和六三年二月八日のミエロCT検査で第五・第六頸椎椎間板はやや偏平化していた。

(6) 前方固定術施行後、原告武雄の症状は、右上肢運動知覚障害は改善したが、軽度のしびれ、右手巧緻運動障害、項部痛は残存した。

(7) 北野病院の医師は、平成元年五月二五日作成の後遺障害診断書において、自覚症状として「後頭部痛、後頸部痛、肩甲背部痛、右上肢脱力・しびれ」、他覚症状として「MRIで第五・第六頸椎椎間で脊髄圧排像、ミエログラフイーで第五・第六頸椎椎間で軽度通過障害」、症状は平成元年五月二五日固定したと診断した。

平成二年三月二九日の診断では、前記自覚症状に変化はなく、項部硬直圧痛、頸部の運動制限(前屈三〇度、後屈五度、右屈・左屈とも一五度、右回旋・左回旋とも二〇度)が認められた。

(8) 北野病院の医師による診断書には、頸椎椎間板ヘルニアの原因については本件事故によるとするもの、不明とするものなどが存する。

(9) ところで、原告武雄は、二九ないし三〇歳のころ腰椎椎間板ヘルニアの手術をしたことがあり、また、昭和六〇年六月一七日腰痛を訴え、高垣内科で受診している。以上の事実が認められる。

2  ところで、鑑定の結果及び鑑定人大島徹の証言(以下「大島鑑定等」という。)は以下のとおりである。

(1) 本件事故による衝撃について、双方車両の破損状況をもとに、過去の実験による車両破損の程度と衝撃加速度の相関関係についてのデータを参考にし、実験車両と本件車両との重量の違い等の必要な修正をしたうえで、被告車の速度は大きく見積もつても毎時六・七五キロメートル程度であつたと推定できるから、原告らの衝撃加速度は最大三・九G、平均二・〇G程度と推認し得るとし、エレベーターの急停止減速時、パラシユート着陸時程度くらいのものであるとする。

(2) 「むち打ち症」は、衝突時の衝撃によつて、乗員の身体に急激な加速度が作用すると、乗員の身体のうち、車体に固定された部分は車体とともに移動するが、頭部などのように固定されていない部分は慣性の法則によりその位置に留まろうとするので、頸部に外力が働き、同部の生理的可動範囲を越えて強制的に動かされるような場合に発生するものであるから、少なくともある程度以上の衝撃加速度が作用しなければ本症受傷の可能性は考えられない。

(3) 「むち打ち症」が発生する衝撃の程度については、文献的調査によると、ヘツドレストを装着していない場合、頸部弛緩状態で追突時車体のうける加速度が三ないし四Gでは通常受傷の可能性はなく、五ないし六Gくらいになると発生の可能性が生ずるものと判断されるなどとして、本件事故の前記の程度では「むち打ち症」受傷の可能性を否定する。

(4) さらに、原告武雄が本件事故発生後三か月経過した昭和六二年一〇月二八日におけるMRI検査で頸椎椎間板ヘルニアと診断されていることについて、正常者の配列異常や加齢性(退行性)変化と外傷性のものとの鑑別は「椎間軟骨に対する外傷の影響を見る最も簡単で確実な方法は、受傷後間もない時期に撮影されたX線像を一年以上後のものと比較検討することである。軟骨症様の変性像が受傷直後に既に存在すれば、一応外傷とは無関係にそれ以前から存在していたと考えるべきであり、また、その時の像と一、二年後に撮影されたものとの間に著しい差があれば、外傷によつて傷害を受けた椎間板が、その間に急激な変化を遂げたものと解釈できる」との文献上の見解を踏まえて、事故後三か月であるから事故以前に既に存在していた変化が事故によつて顕在化したと考えるべきと判断するとする。

(5) 続いて、右の既往症が顕在化した場合、衝撃加速度が弱い場合には、顕在化あるいは悪化したとしても一時的、可逆的であるとし、受傷後数日を境に順次軽快し、長期間にわたる可能性はなく、原告武雄の長期治療は治療機関が本人の自覚症状の訴えのまま治療を継続したためであるとする。以上から、原告武雄の頸部への傷害を否定し、検査入院等で高々一週間程度の入通院治療で十分であつたと結論づけているものである。

しかしながら、右鑑定等は、鑑定資料に乏しくその判断が困難であつたことは否定しないが、原告車の損傷について後部のへこみが五、六センチメートルとしている点の明確な根拠がなく、原告車がいわゆるクラツシヤブルボデイを採用しているにもかかわらず、これを考慮せず、また、衝突部位から被告車に回転運動が生じたことが推認しうるのにこれを考慮していないなど衝撃加速度についての前記考察には疑問があり、右鑑定等を採用することはできない。

3  以上によれば、原告武雄は本件事故以前には頸部の症状は訴えておらず、本件事故後三日後、頸部症状である肩から上肢の症状を訴え、その後のMRI検査で椎間板による脊髄の圧迫が認められたため前方固定術を施行したことが認められるところ、本件事故の衝撃は前記鑑定結果を採用できないものの、その損傷の程度、事故後の押し出された距離等に照らすと重大ともいえないものであつて、前記のとおり経年性の変性ともいうべき椎間板の偏平化も認められたものであるから、原告武雄の頸部椎間板ヘルニアは、同人の経年性の変性に本件事故が寄与して前記症状を発生させたものと認めることができ、本件事故と相当因果関係を認めることができる。

二  原告武雄の後遺障害の存否

前記のとおり原告武雄は本件事故による頸椎椎間板ヘルニアのため前方固定術を施行され、手術後脊椎の変形、骨盤骨の変形が生じ、頸部の可動域制限が残存しているものであり、自賠責保険で認定されたとおり、後遺障害等級併合一〇級とされる後遺障害が残存したと認めることができる。

三  原告ますみの受傷程度、相当治療期間

1  前記事故状況に加え、証拠(甲九、乙六の8)によれば、以下の事実が認められる。

(1) 原告ますみは本件事故時、首をガクンと後に振り、座席で腰を打つたが、痛みはなかつた。しかし、帰宅後夜一〇時ころから頸部痛、腰痛が発現し、昭和六二年八月三日、医誠会病院で受診したところ、頸椎捻挫、腰椎捻挫で五日間の安静加療を要する見込みと診断された。

(2) 原告ますみは、同月一三日の警察での取調べにおいて、診断書のとおりでよくなりましたと供述している。

(3) 医誠会病院には昭和六二年一〇月一九日まで通院し(実通院日数九日)、治癒と診断された。

なお、通院状況は、八月に五日、九月に二日、一〇月に二日であつた。

2  右によると、原告ますみの一〇月一九日までの通院は、この期間を休業期間とみるまではできないが、経過観察的面も否定できず、治療期間として相当性が認められる。

四  原告武雄の損害額

1  治療費

(1) 医誠会病院(六万八九一〇円) 六万八九一〇円

証拠(甲一二)によれば、昭和六二年八月三日から昭和六三年一月三〇日までの治療費として六万八九一〇円を要したことが認められる。

(2) 北野病院(五四万三二六〇円) 五四万三二六〇円

証拠(甲一三、一五)によれば、北野病院の昭和六二年八月二五日から昭和六三年一月三一日までの治療費として五三万四一四〇円、同年三月一五日から平成元年三月六日までの治療費として九一二〇円の合計五四万三二六〇円を要したことが認められる(なお、昭和六三年二月一日から同年三月一四日までの入院時の治療費として、さらに四九万五〇七〇円を要しているが(甲一四)、原告武雄はこれを控除したうえで治療費を請求しているものである。)。

(3) 宇都宮治療院(二九万四五〇〇円) 〇円

証拠(甲二〇の1ないし21)によれば、宇都宮治療院のマツサージ費用として二九万四五〇〇円を要したことは認められるが、これは医師の指示に基づくものとは認められず、本件事故による損害と認めることはできない。

2  通院交通費(一六一万四二四〇円) 二〇万九〇〇〇円

前掲証拠によれば、原告武雄は、昭和六三年一月末まで医誠会病院への一二一回、北野病院への二二回の通院にはタクシーを利用したことが認められ、その後入院して前方固定術を施行されたことによると、タクシーの利用は必要止むを得なかつたというべきであるところ、証拠(甲二一、原告武雄本人)によると通院一往復に医誠会病院へは一〇〇〇円、北野病院へは四〇〇〇円を少なくとも要したと認められ、右を合計すると二〇万九〇〇〇円となる。その余のタクシー代の請求分については、利用目的、その必要性等が明らかでなく、これを認めるに足りない。

3  入院雑費(五万五九〇〇円) 五万五九〇〇円

前記のとおり北野病院に四三日入院したことが認められるところ、一日あたりの入院雑費として一三〇〇円が相当であるから、合計五万五九〇〇円となる。

4  頸椎装具費(三万一九〇〇円) 三万一九〇〇円

証拠(甲二七ないし二九の各1、2)によれば、頸推用の装具が必要であり、医師もその旨の証明をしているものであること、その費用として三万一九〇〇円を要したことが認められる。

5  休業損害(六二二万〇七七五円) 五一四万五六三三円

前掲証拠によれば、原告は、本件事故当時、四二歳(昭和二〇年五月二六日生)の男子で家電製品の小売と電気工事を業務とする従業員約一八名の前川電気商会を経営し、自らも工事部門を担当し、現場労働に従事しているものであること、昭和五〇年に腰椎椎間板ヘルニアの手術を受けたが、完治し、本件事故当時は通常勤務をしていたこと、本件事故後、頭痛、右上肢のしびれ等で工事に従事することはできず、結局昭和六三年二月一日から同年六月二〇日まで一〇日余りの通院を挟んで北野病院、飯原病院に入院したこと、その後通院中、昭和六三年九月二一日に別件の追突事故にあつたこと、また、所得については原告武雄は確定申告書も提出しないので本件事故による減収が不明確であるが、その経営規模等から年間少なくとも五三七万二三〇〇円(昭和六二年賃金センサス産業計・企業規模計・学歴計・男子労働者四〇ないし四四歳の平均給与額)の所得を得ていたことが認められ、これに前記の後遺障害の程度を考慮すると、原告武雄は本件事故の翌日である昭和六二年八月四日から昭和六三年六月二〇日までは一〇〇パーセント就労できず、その後同年九月二〇日までは三〇パーセント労働能力に支障を来したと認めるのが相当である。

そうすると、休業損害は、五一四万五六三三円となる。

5,372,300÷365×(322+0.3×92)=5,145,633(小数点以下切り捨て、以下同様)

6  入通院慰謝料(一〇〇万円) 一〇〇万円

原告武雄の受傷部位、程度、通院状況、実通院日数によれば、慰謝料としては一〇〇万円が相当である。

7  後遺障害による逸失利益(二二九五万二六三二円) 一五四四万七六四二円

原告武雄の後遺障害が併合一〇級と認定されたこと、自覚症状は前記のとおりであるところ、骨盤骨の変形は労働能力には直接影響があるとは認められないこと等諸般の事情を総合勘案すると原告武雄の労働能力の制限は二〇パーセントと認めるのが相当であり、これが就労可能な六七歳まで継続すると認められる。原告武雄は、本件事故による後遺障害がなければ、今後とも少なくとも昭和六三年賃金センサス産業計・企業規模計・学歴計・男子労働者四〇ないし四四歳の平均給与額五四八万四五〇〇円を超える収入を得ることが推認しうるから、右収入を基礎として、ホフマン式計算法により本件事故発生時から年五分の中間利息を控除すると、逸失利益の現価は、一五四四万七六四二円となる。

5,484,500×0.2×(15.944-1.861)=15,447,642

8  後遺障害慰謝料(三五〇万円) 三五〇万円

原告武雄の後遺障害の程度等諸般の事情を総合考慮すると、慰謝料として三五〇万円が相当である。

9  車両損害(五〇〇万円) 七〇万九〇〇〇円

証拠(乙一一の1ないし7)によれば、原告車の修理費として五〇万九〇〇〇円、代車費用として二〇万円を要したことが認められる。原告武雄のその余の請求は認められない。

10  小計

以上によれば、原告武雄の損害額中人損分は二六〇〇万二二四五円、物損分は七〇万九〇〇〇円となる。

11  ところで、原告武雄の治療期間の遷延化、後遺障害の残存は前記のとおり原告武雄の身体的素因による影響が否定できず、前記事情に照らすと、本件事故による原告武雄の人損分の寄与度は七割程度に止まるものと認めるのが相当であるから、三割を控除すると一八二〇万一五七一円となる。

12  既払金

証拠(乙一二の1ないし15、弁論の全趣旨)によれば、争いのない人損分四三四万円、物損分七〇万九〇〇〇円の既払金に加え、人損分について、被告及び同人が自動車共済契約を締結している農協共済から、治療機関あるいは原告武雄に二一九万六五六〇円が支払われたことが認められる。

右既払金を控除すると、人損分は一 一六六万五〇一一円となり、物損分については既に損害は填補されていることになる。

13  弁護士費用(四〇〇万円) 一〇〇万円

本件事故と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害額は一〇〇万円と認めるのが相当である。

五  原告ますみの損害額

1  治療費(四万八四六〇円) 四万八四六〇円

証拠(甲一七)によれば、医誠会病院の治療費として四万八四六〇円を要したことが認められる。

2  休業損害(五八万三八二五円) 三万七四二四円

証拠(原告武雄本人)及び弁論の全趣旨によれば、本件事故当時、原告ますみは、三三歳の健康な女性で、主婦として稼働する傍ら前記前川電気商会の手伝いもしていたことが認められるところ、前記認定によれば安静五日程度で症状は軽快したものであるから、休業期間は五日と認めるのが相当であり、昭和六二年賃金センサス産業計・企業規模計・学歴計女子労働者三〇ないし三四歳の年間平均給与二七三万二〇〇〇円を基礎に休業損害を算定すると、三万七四二四円となる。

2,732,000÷365×5=37,424

3  慰謝料(三五万円) 一五万円

本件事故による受傷程度、治療期間、実通院日数によれば、慰謝料としては一五万円が相当である。

4  小計

以上によれば、原告の弁護士費用を除く損害は二三万五八八四円となる。

5  弁護士費用(一〇万円) 三万円

本件事故と相等因果関係のある弁護士費用相当の損害額は三万円と認めるのが相当である。

六  以上によると、原告武雄の本訴請求は、被告に対し、金一二六六万五〇一一円及びこれに対する不法行為の日である昭和六二年八月三日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を求める限度で理由があり、原告ますみの本訴請求は、被告に対し、二六万五八八四円及びこれに対する同じく昭和六二年八月三日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を求める限度で理由がある。

(裁判官 髙野裕)

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